アドラーは大規模校でも通用するか?2018/06/11

今年度で現任校を異動することになりました。

さすがにこの小規模校に5年もいると、長いなーと感じます。3年生を卒業させ、タイミング的にはちょうどいいはずです。

残される生徒は必ずいるわけですから、それらの生徒たちにとっては(まだ居てほしかった)となるのでしょうから、タイミングというのは、あくまで自分中心の話です。

異動については、今までも何度か書いてきました。教員としてその学校にできる最後の貢献は、別れを演出して、出会いの大切さを教えることです。



この学校には本当にお世話になりました。公私に渡って、学校、先生方、保護者、生徒に支えていただいたという実感があります。

次の学校ではこうはいかないだろうなと思っています。

特にアドラーを実践することについては、不安が頭を離れない状態です。



この学校で、不登校の生徒のために何かできないかとジタバタして、アドラーに出会いました。

アドラー心理学に基づいたカウンセリングの講座にも参加しました。(もう少し話を聞きたい。)

教室でも、アドラーの考えを実践しました。何度も『嫌われる勇気』だけでなく、『幸せになる勇気』を読めた(耳読含む)のも大きいです。

ただ「アドラー」という言葉は極力出しませんでした。自分のやっていることがアドラーと言い切っていいか分からない。もしも違っていたら、アドラー実践者の皆さんに申し訳ない。

周りからは「放任している。」「叱ってください。」「褒めてください。」と批判されていましたから、自分の実践を理解してもらうのは難しかったです。

最大の救いは、クラスの子供達が私の言っていることを受け入れてくれたことです。彼らの勇気と自立に繋がれば、それでいいと考えました。





異動して一番心配なのは、この実践が次の学校でも通用するかどうかです。

今まで学年1クラスだったので、主任が私の行動に理解をし、サポートしてくれていました。
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...