【卒業文集】「坂の上、空の向こう」2015/03/12

文化祭の「中学校あるある」で、すごく共感したことは、「うちの中学校はどこから来ても上り坂」だった。

毎日毎日、自転車で必死に登る姿を横目に、今日は何を話そうかと考えていた。

「話し合い」が好きなクラスだった。

クラスの中でいろいろなことが起きて、その度に「話し合い」をしていた。

それが終わるとなぜかクラスが一致団結して、クラスのレベルが上がっていくのが分かった。

担任としてはハラハラさせられてばかりだったが、その先にあるはずのレベルアップを信じて、話し合いの行く末を見守りながら、いろいろな話をしてきた。



「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」

という話をしたとき、あなた方は大いに悩んでくれた。

強さとは何だろう?優しさとは何だろう?どうやったら両立できるだろう?

私はそのヒントも話したつもりだ。



強さとは1番を目指す。誰よりも強いこと。ある意味簡単。世界最強になればいい。もしくは世界で唯一のものになればいい。頂上を目指せばいい。

優しさとはそうではない。優しさは無限である。どこまでも広く、深いものだ。何をすれば優しいとか、世界で一番優しいとか、そういうことではない。時と場合と相手によって姿や形を変えるものだ。優しさに終わりはない。湧き水のごとくである。

強さと優しさとは何だろう?相反するものなのだろうか?

私はそうは思わない。思い描くのは反比例のグラフではなく、比例のグラフである。X軸とY軸である。方向が違うのだ。だからこそ両立できる。片方だけではダメだ。両方とも大切なのだ。



宇宙の始まりはすべての素粒子が一点に集まった状態だった。何もなく、それでいて全てがある。強くて優しい世界であった。

ビッグバンによって始まった拡大する宇宙の果ては見えないけれど、ニュートリノやヒッグス粒子などが、宇宙空間を満たしている。

宇宙は無限で、かつ唯一のものである。



どうだろうか。私たちはこの宇宙と同じように、世界を優しさで満たすことはできないだろうか。それだけの強さをもつことはできないだろうか。

世界の果てで飢えた人に、渇いた土地に、焼け焦げた空に、いっぱいの水を届けることはできないだろうか。

そのためにはやはり、優しさも強さも必要なものだろう。



あなた方は、あの坂を登りながら、強さと優しさを身につけてきた。

あなた方ならきっとできる。

心配することはない。

離れていてもまた戻って来れる場所がある。

試すことに失敗はないのだ。

自分がやりたいことを自分でできた時が一番嬉しいのだ。



迷ったら坂を登れ。高いところから世界を見渡し、空を見上げよ。応援している。



平成26年度 卒業文集原稿より

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